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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)255号 判決

原告 木脇知子こと木脇エープル知子 ほか二名

被告 雪谷税務署長

代理人 本田敦子 松原行宏 渡辺進 ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告が原告らに対し平成五年二月三日付けでした平成三年三月二一日相続開始に係る相続税の各更正処分(ただし、平成五年九月八日付け及び平成八年七月一〇日付けの各減額更正処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告から相続税の更正処分を受けた原告らが、相続税額を算出するに当たり適用された平成八年法律第一七号による改正前の租税特別措置法六九条の四(相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例)の規定(以下「本件特例」という。)が憲法二九条に違反し、そうでないとしても右規定の本件への適用が憲法二九条に違反する旨主張し、本件特例の適用がなければ原告らの納付すべき税額はなくなるとして、更正処分(ただし、その後の二度にわたる減額更正処分により一部取り消された後のもの)の取消しを求める事案である。

一  本件特例の概要

相続税においては、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時(相続の場合でいえば相続開始の時)における時価により評価するのが原則である(相続税法二二条)。

本件特例は、個人が相続若しくは遺贈により取得した財産又は個人が贈与により取得した財産で相続税法一九条(相続開始前三年以内の贈与財産の相続財産への加算)の規定の適用を受けるもののうちに、その相続開始前三年以内にこれらの相続又は遺贈に係る被相続人が取得又は新築をした土地等又は建物等(被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等ほか一定の要件に該当するものは除く。)がある場合には、同法一一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額又は同法一九条の規定によりその相続税の課税価格に加算される贈与により取得した財産の価額は、同法二二条の規定にかかわらず、その土地等又は建物等の取得価額として政令で定めるものの金額(土地等にあっては、その土地等の取得に要した金額及び改良費の合計額をいい、建物等にあっては、その建物等の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額からその建物等の取得の日からその相続の開始の日までの期間に係る所得税法施行令一二〇条一項一号イに規定する定額法に準じて大蔵省令で定めるところにより計算した金額(償却費相当額)を控除した金額をいう(租税特別措置法施行令四〇条の二第三項)。)とするという租税特別措置を定めたものであり、昭和六三年法律第一〇九号により創設されたものである。

なお、本件特例は、平成八年法律第一七号(以下「本件改正法」という。)により廃止されたが、平成八年一月一日前に相続等により取得した本件特例に規定する土地等若しくは建物等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等若しくは建物等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が同日前に開始したものに係る相続税については、原則として、従前の例によることとされている(本件改正法附則一九条一項)。ただし、個人が平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続等により取得した本件特例に規定する土地等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が当該期間内に開始したものを有する場合における相続税法の規定によるその個人に係る相続税額は、その個人に係るその土地等及びその建物等について本件特例の適用があるものとして相続税法一五条から一七条までに定めるところにより算出した金額(その個人が同法一八条の規定の適用がある者である場合には、同条の規定を適用して算出した金額)と、その土地等について本件特例の適用がなく、かつ、本件特例に規定する建物等について本件特例の適用があるものとした場合におけるその個人に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額(租税特別措置法七〇条の六第二項の規定の適用がある者以外の者)とのいずれか少ない金額とする旨の経過措置(本件改正法附則一九条三項)が設けられた。

二  課税の経緯等(当事者間に争いがない事実及び記録上明らかな事実)

1  原告らは、平成三年三月二一日に死亡した伊藤スヱ子(以下「スヱ子」という。)の孫で、スヱ子の死亡により各自一五〇〇万円の生命保険金を取得したため、相続税法三条一項一号により右生命保険金を遺贈により取得したものとみなされるものである。なお、スヱ子の法定相続人は、夫である伊藤健一郎及びスヱ子の子で原告らの母である木脇万里江の二人である。

2  原告ら及び木脇万里江に対する課税の経緯は別表1記載のとおりであり、原告らに関しその要点を摘記すると次のとおりである。なお、木脇万里江は、本訴の原告であったが、別表1記載のとおり、平成八年七月一〇日付けの減額更正処分により納付税額がなくなったため、訴えを取り下げた。

(一) 原告らは、相続税の申告期限内である平成三年九月二〇日、各自課税価格一五〇〇万円、納付税額五〇九万三四〇〇円とする相続税の申告をした。

(二) 原告らは、その後、課税価格及び納付税額を再計算し、平成四年八月一八日、課税価格及び納付税額を零とする更正の請求を行ったが、被告は、原告らに対し、同年一一月一八日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。

(三) その後、被告は、平成五年二月三日付けで原告ら各自の課税価格を一五〇〇万円、納付税額を六七五万八五〇〇円とする更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税一六万六〇〇〇円の賦課決定処分をした。

(四) その後、被告は、平成五年九月八日付けで原告ら各自の課税価格を一五〇〇万円、納付税額を六六一万二四〇〇円とする減額更正処分及び過少申告加算税を一五万一〇〇〇円とする変更決定処分をし、さらに平成八年七月一〇日付けで原告ら各自の課税価格を一五〇〇万円、納付税額を五三七万一三〇〇円とする減額更正処分及び過少申告加算税を二万七〇〇〇円とする変更決定処分をした。

三  課税根拠及び処分の適法性に関する被告の主張

1  原告らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額は、別表2及び3記載のとおりである。これによると、原告らの納付すべき相続税額は各自五三七万一三〇〇円になるところ、平成五年九月八日付け及び平成八年七月一〇日付け各減額更正処分により一部取り消された後の本件各更正処分による原告らの納付すべき税額は、右の金額と同額であるから、右各減額更正処分により一部取り消された後の本件各更正処分は適法である。

2  原告らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額の算定の過程は次のとおりである。

(一) 原告らほか二名の課税価格の合計額 二億八九六九万七〇〇〇円

右金額は、次の(1)記載の相続等により取得した財産の価額の総額から次の(2)記載の控除すべき債務等の総額を控除した後の金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により、原告らほか二名の各人ごとに課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の合計額。各人ごとの課税価格の計算明細は別表2記載のとおり)である。

(1) 相続等により取得した財産の価額の総額 一一億六六三一万三六七五円

右金額は、原告らほか二名が相続等により取得した財産の価額の総額であり、その内訳は次のとおりである。

ア 土地                  九億〇六九二万六六五四円

右金額の内訳は、別表4記載のとおりである。このうち同表の順号1及び2の土地(以下「本件各土地」という。)は、スヱ子が相続開始前三年以内に取得した土地であり、本件特例が適用になる。また、同表の順号3の土地(借地権)は相続開始の直前においてスヱ子の居住の用に供されていた宅地(借地権)であり、平成四年法律第一四号による改正前の租税特別措置法六九条の三(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)の規定が適用になる。

イ 家屋                  一億五三九九万五六一九円

右金額の内訳は、別表5記載のとおりである。このうち同表の順号1及び2の家屋(以下「本件各建物」という。)は、スヱ子が相続開始前三年以内に取得又は新築をした建物であり、本件特例が適用になる。

ウ 有価証券                  一九〇〇万六〇〇〇円

エ 現金及び預金                一二六七万五四〇二円

オ 家庭用財産                      四〇〇万円

カ 生命保険金                     六五〇〇万円

キ その他の財産                     四七一万円

(2) 控除すべき債務等の総額         八億七六六一万六一三〇円

(二) 原告ら各自の納付すべき相続税額     五三七万一三〇〇円

右金額は、相続税法一五条から一八条まで(ただし、一五条及び一六条については、いずれも平成四年法律第一六号による改正前のもの)の各規定に基づき、次のとおり算定したものである。

(1) 原告らほか二名の課税価格の合計額    二億八九六九万七〇〇〇円

(2) 遺産に係る基礎控除額                五六〇〇万円

(3) 課税遺産総額              二億三三六九万七〇〇〇円

(4) 法定相続分に応ずる取得金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)

ア 木脇万里江(法定相続分二分の一)    一億一六八四万八〇〇〇円

イ 伊藤健一郎(法定相続分二分の一)    一億一六八四万八〇〇〇円

(5) 相続税の総額                八六四四万八〇〇〇円

右金額は、右(4)のア及びイの金額に相続税法一六条(ただし、平成四年法律第一六号による改正前のもの)の規定を適用してそれぞれ算出した金額の合計額(ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(6) 原告ら各自の相続税額(相続税法一七条の規定に基づく相続税額)

ア 原告木脇知子                 四四七万六一二五円

イ 原告木脇洋子                 四四七万六一二五円

ウ 原告木脇文子                 四四七万六一二五円

(7) 相続税の二割加算額(相続税法一八条に基づく加算額)

ア 原告木脇知子                  八九万五二二五円

イ 原告木脇洋子                  八九万五二二五円

ウ 原告木脇文子                  八九万五二二五円

(8) 原告ら各自の納付すべき相続税額

ア 原告木脇知子                 五三七万一三〇〇円

イ 原告木脇洋子                 五三七万一三〇〇円

ウ 原告木脇文子                 五三七万一三〇〇円

右金額は、右(6)の金額と(7)の金額の合計額(ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(原告らは、以上の課税根拠に関する被告の主張のうち、事実関係についてはすべて認めている。原告らは、本件特例が憲法二九条に違反し、又はその本件への適用が憲法二九条に違反するとして、本件各土地及び本件各建物に本件特例を適用することについて争っているが、本件各土地及び本件各建物に本件特例が適用される場合に、課税価格及び納付すべき相続税額の計算が被告主張のとおりとなることについては認めている。なお、本件各土地及び本件各建物に本件特例が適用されない場合には、原告らの納付すべき相続税額がなくなることは当事者間に争いがない。)

四  争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件の争点は、本件特例が法律自体として憲法二九条に違反するか否か、仮に本件特例が法律自体としては合憲であるとしても、本件特例を本件に適用することが憲法二九条に違反するか否かである。

2  争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(一) 原告らの主張

(1) 本件各土地及び本件各建物のうち世田谷区上用賀の土地建物は、スヱ子が平成元年三月三〇日に四億九〇〇〇万円で購入したマンションである(マンションの改装費一七五一万円を含めると本件特例にいう取得価額は五億〇三四三万七五七六円となる。)。

しかし、その後のいわゆるバブルの崩壊により、右マンションの価額は大幅に下落した。相続開始時である平成三年三月二一日における右マンションの時価を正確に把握することは困難であるが、相続等により取得した財産の取得時における時価の評価方法を定めた相続税財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七、以下「評価基本通達」という。)によって算定すると、その時価は一億三六八七万六六五二円となる。

(2) 本件特例は、相続開始前三年以内に被相続人が取得した不動産について、相続税の課税価格に算入すべき価額を相続開始時の時価によらずに、その不動産の取得価額によるとするものであるが、いわゆるバブルの崩壊の時のように不動産の価格が大幅に下落した場合には、相続人が現に取得した財産の価額を超える価額を基礎として課税することになるので、本件特例が法律それ自体として、財産権の保障を規定した憲法二九条に違反することは明らかである。

(3) 本件特例が法律自体としては憲法に違反しないとしても、本件のように相続等により取得した土地等の相続開始時の時価が取得価額を大幅に下回っているような場合には、相続税法二二条の原則に戻って、その相続開始時の時価によって課税価格を計算すべきであり、このような場合に本件特例を適用することは憲法二九条に違反する。

(二) 被告の主張

(1) 本件特例の立法趣旨について

昭和六〇年代に入り、地価上昇の著しい特定の地域において、不動産のいわゆる実勢価格と評価基本通達による評価額(以下「相続税評価額」という。)との乖離が大きくなり、この点に着目して不必要な不動産を相続開始前に借入金により取得するという形式による相続税の負担回避行為が横行し、税負担の公平上、看過し得ない社会問題となっていた。

右相続税の負担回避行為とは、例えば、被相続人が相続開始前に五億円の借入金で不動産を取得した場合、相続税の課税価格の計算に当たっては、当該不動産の価額は相続税評価額で算入される一方、五億円の借入金は債務として全額控除されることになるため、当該不動産の相続税評価額が仮に一億円であったとすると、その差額四億円が他の相続財産の価額から控除されることに着目して、右差額に対応する相続税の負担を回避するというものであった。

右のような社会現象に対応して、土地の評価について適正化を図り、制度面において何らかの措置を講ずる必要性が生じ、税制調査会も「税制の抜本的見直しについての答申」(昭和六一年一〇月)において、負担公平の見地から、土地の評価については、急激な負担増を招かないように配慮しつつ、引き続きその適正化を図る必要があり、また、右相続税の負担回避の問題については、制度面を含め、何らかの対応策を検討すべきであるとの提言を行った。

本件特例は、右のような社会現象を契機として、相続開始前の借入金による不動産の取得に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産の取得をも念頭に置き、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避行為を抑制する趣旨・目的をもって創設されたものである。

(2) 本件特例の合憲性について

憲法二九条一項は、「財産権は、これを浸してはならない。」と規定して、私有財産制を保障するとともに国民の個々の財産権を基本的人権として保障しているが、同条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、立法府が社会全体の利益を図るために財産権に規制を加えることを認めている。そして、私有財産制を採用する民主主義国家においては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであって、我が国の憲法も、かかる見地の下に、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(憲法三〇条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としている(憲法八四条)ものと解される。

以上によれば、憲法は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続を法律で明確に定めることにより国民の財産権を制約することを認めているものと解されるが、憲法自体は、その内容について特に定めることはせず、これを法律の定めるところにゆだねている。これは、租税が、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能も有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政、経済、社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることに基づくものと解される。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重し、その立法目的が不当なもので、かつ、当該立法において具体的に採用された手段が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法二九条に違反するものということはできないものと解するのが相当である。

本件特例は、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離を利用した相続税の負担回避行為を抑制し、適正、公平な税負担を実現するという趣旨で制定されたものであり、その立法目的は、正当である。そして、その内容が、右目的達成のための手段として相当であることは、前記(1)で述べたことから自ずから明らかというべきであり、さらに、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等ほか一定の要件に該当するものは右特例の適用対象から除かれることや、納税の面でも、一定の要件の下に物納が認められており(相続税法四一条)、その際の物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となったその財産の価額(本件特例が適用される場合には取得価額)によることとされている(相続税法四三条一項)ことなどからみても、本件特例の内容は、到底不合理なものということはできず、憲法二九条に違反するものではない。

(3) 本件特例の本件への適用について

本件特例が憲法に違反しないことは前記(2)記載のとおりであるところ、本件は、相続等により取得された土地等の相続開始時の時価が取得価額を大幅に下回っている場合であるが、このような場合にも本件特例を適用した上で相続税額を算出することになるのは当然であり、また、右の場合に本件特例を適用したからといって直ちに憲法二九条違反の問題が生じるものではない。本件各更正処分(その後の二度にわたる各減額更正処分により一部取り消された後のもの)は、原告らが遺贈によって取得したとみなされた財産の課税価格(一五〇〇万円)の範囲内で相続税を課税したものであって、原告らに対して憲法二九条にいう財産権の侵害があったとは到底いえない。

第三争点に対する判断

一  本件特例が法律自体として憲法二九条に違反するか否かについて

1  租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるに当たっては、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とするものである。それゆえ、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねざるを得ないものである。

したがって、裁判所は、租税法の規定が財産権を保障した憲法二九条に違反するか否かを判断するに当たっては、基本的には立法府の裁量的判断を尊重し、その立法目的が正当なもので、その立法による具体的な規定内容が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、当該立法が憲法二九条に違反するということはできないと解するのが相当である。

2  そこで、本件特例の立法目的及び規定内容について検討する。

(一) 〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 相続税の財産評価は、評価基本通達に従って行われているが、相続税課税における土地の評価水準は、課税上の評価であること、評価の安全性等の見地から、従来から、公示価格や市場価格(実勢価額)に比べて低い水準に押さえられてきた。しかし、昭和六〇年代当初、地価高騰の結果、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離が顕著になり、その価額の乖離を利用して、相続直前に不動産を取得することにより相続税の負担回避を図る事例が多くみられ、税負担の公平上看過し難い問題となっていた。

(2) このような相続税の負担回避の問題については、昭和六一年一〇月二八日の税制調査会の「税制の抜本的見直しについての答申」において、制度面を含め何らかの対応策を検討すべきであるとの意見が述べられ、昭和六三年四月二八日の税制調査会の「税制改革についての中間答申」においても、借入金による不動産取得等の相続税の負担回避行為について、税負担の公平を確保する観点から必要な対応策を構ずべきことが提言された。

また、地価適正化等土地対策の関連でも、昭和六三年六月一五日の臨時行政改革推進審議会の「地価等土地対策に関する答申」において、土地対策の一環として土地税制の活用が取り上げられ、その中で借入金による土地取得等を通ずる税負担回避行為に対処し、あわせて、土地の仮需要を抑制するため、所要の税制上の歯止め措置を検討すべきことが提言され、右答申を受けて同月二八日閣議決定された政府の「総合土地対策要綱」において、右の税制上の歯止め措置を講ずることが決定された。

(3) 右のような経緯により、借入金による不動産取得の場合に限らず、例えば、金融資産の売却による不動産取得の場合も念頭に置き、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為に対処し、税負担の公平を確保するため、昭和六三年末の税制の抜本改革の際に、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等については、相続税評価額ではなく、取得価額により課税することを内容とする本件特例が租税特別措置として制定された。

(二)(1) 右認定のとおり、本件特例の立法目的は、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為が横行している状況において、これに適切に対処し、税負担の公平を確保することにあるが、公平な税負担は租税法の基本原則というべきものであり、本件特例の立法目的は正当なものということができる。

(2) 本件特例の規定内容についてみれば、本件特例は、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等について取得価額により課税することを定めるものであり、これによって、相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為を抑止し、税負担の公平を確保することが可能となるものである。また、本件特例は、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等については適用を除外するなどしていて、税負担が過酷となることがないような配慮もされており、その規定内容が立法目的との関連で合理性を欠くものということはできない。

(3) 原告は、本件特例は、不動産価格が大幅に下落した場合には、相続人が現に取得した財産の相続開始時の価額を超える価額により課税価格を計算して課税することになるので、本件特例は法律それ自体として、財産権の保障を規定した憲法二九条に違反する旨主張する。

確かに、個人が相続により本件特例適用対象の土地等を取得した場合、その土地等の実勢価額が下落し、その取得価額が相続開始時の実勢価額より下回る場合には、その不動産の相続税については、他の同額の資産価値の資産を取得した場合に比べ、税負担が過大となり、その意味で課税の不公平が生ずることになるが、本件特例創設当時の経済情勢の下では、相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為に対処して税負担の公平を図ることは緊急の課題となっていたものであり、経済情勢の変化、地価の動向を将来にわたって予測することの困難さをも考慮すれば、昭和六三年法律第一〇三号が、右のような事態について格別の配慮をなさず、相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等について本件特例を一律に適用することとしていることをもって、直ちに著しく合理性を欠くものとはいえず、それはなお、立法の裁量の範囲内の事柄というべきである。

(三) そうすると、本件特例は、立法府に許された裁量の範囲内で制定されたものであり、本件特例が法律自体として憲法二九条に違反するものということはできない。

3  もっとも、本件特例を形式的に適用すると、個人の相続税の負担がその個人が相続等により取得した財産の相続開始時の時価と対比して過大となり、相続税課税の趣旨を逸脱するものと判断される場合には、別の考慮を要する。

すなわち、相続税は、相続による財産の取得に担税力を認めて課税される租税であるところ、個人が相続等により取得した土地等の取得価額がその相続開始時の時価を大幅に下回るような場合においては、本件特例を適用して、右取得価額をもって相続税の課税価格とすると、相続等により他の同額の資産価値を有する資産を相続した場合と比較して、税負担が過大となるだけでなく、本件特例を適用して算出されるその個人の相続税が相続により取得した財産の相続開始時の時価との対比においても過大となり、相続税課税の趣旨を逸脱して著しく合理性を欠く程度に至っていると判断される事例(個人の相続税額が個人が相続等により取得した財産の相続開始時の時価を上回る場合がその典型である。)が発生する可能性がある。そして、右のような事例において本件特例を形式的に適用することは、憲法二九条で保障された個人の財産権を侵害する疑いがあるといわざるを得ない。

したがって、右のような事例についてまで本件特例を適用することは法律の予定しないところというべきであり、そのように解さなければ適用違憲の問題が生ずるというべきである。

なお、前記第二の一で言及した本件改正法による本件特例の廃止に伴う経過措置は、本件特例が法律自体としては合憲であることを前提とした上で、平成七年一二月三一日以前に相続等により取得した本件特例の適用対象となる土地等又は建物等に係る相続税については、原則として、従前のとおり本件特例の適用があるとしつつ、個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続等により取得した本件特例適用対象の土地等を有する場合におけるその個人に係る相続税については、(1)本件特例を適用して算出される相続税額(その者が相続税法一八条の規定による相続税額の二割加算が行われる者である場合には、二割加算の金額)が、(2)本件特例適用対象の土地等の取得価額を相続開始時等の時価(相続税評価額)に置き換えて再計算した場合のその個人に係る相続税法一五条に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇(相続税の最高税率)の割合を乗じて算出した金額を超える場合には、後者の金額をもってその者の税額控除前の相続税額とするものとし、これにより、本件特例の形式的、一律的適用による右に述べたような著しく不合理な結果の発生を回避すべく設けられたものと解される。

二  本件特例を本件の場合に適用することが憲法二九条に違反するか否かについて

本件特例は合憲であるから、本件改正法附則一九条一項により原告らの相続税については本件特例を適用して算出すべきことになるが、本件特例を適用した場合の原告ら各自の相続税額は、被告主張のとおり、五三七万一三〇〇円になるところ、その税額は原告ら各自が遺贈により取得したとみなされる生命保険金一五〇〇万円(右金額が原告ら各自の課税価格である。)の約三六パーセントに止まるものであり、その税負担が過大であり、相続税課税の趣旨を逸脱して著しく合理性を欠く程度に至っているものとはいえず、本件特例を適用して原告らに相続税を課税することが憲法二九条で保障された原告らの財産権を侵害するものとはいえない。

三  なお、原告らは、事情としてではあるが、相続税額を計算するに当たり、本件特例適用対象の土地等を取得した相続人等についてのみ、本件改正法により相続税額を計算し、右適用対象の土地等を取得しなかった相続人等については、課税遺産総額がマイナスないし零であるのに相続税を課税することとしているのは、相続税の本旨に反し、憲法二九条に違反し、憲法一四条にも違反する旨主張しているので、念のため右の点についても判断しておくこととする。

本件改正法は、平成七年一二月三一日以前に相続等により取得した本件特例適用対象の土地等又は建物等に係る相続税については、原則として、従前のとおり本件特例の適用があるとしつつ、個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続等により取得した本件特例適用対象の土地等を有する場合におけるその個人に係る相続税については、前記一3の(1)と(2)のいずれか少ない金額をもってその者の相続税額とするものとし、本件特例適用対象の土地等を取得した相続人等について、相続税の額の特例を定めたものにすぎず、原告らほか二名の課税価格は本件特例を適用して計算される金額であることに変わりはなく、その金額は被告主張のとおりである。したがって、本件改正法により原告らほか二名の課税遺産総額がマイナスないし零になることを前提に違憲をいう原告らの右主張は、本件改正法の趣旨を正解しないものといわざるを得ず、その前提を欠き失当である。また、仮に、原告らの右主張が、本件特例適用対象の土地等を取得した相続人等についてのみ、税負担を軽減する経過措置を講じ、その余の相続人等についてそのような経過措置を講じなかったことをもって憲法一四条違反をいうものであるとしても、本件改正法が本件特例適用対象の土地等を取得した相続人等について右経過措置を設けた理由は、前記一3で説示したとおりであり、本件特例適用対象の土地等を取得した相続人等とその余の相続人等とを区別し、前者についてのみ右経過措置を設けたことには合理性があるから、右違憲の主張は理由がない。

第四結論

以上のとおりであるから、本件特例を適用して原告らの相続税額を算出した本件各更正処分(ただし、平成五年九月八日付け及び平成八年七月一〇日付けの各減額更正処分により一部取り消された後のもの)は適法である。

よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨 増田稔 篠田賢治)

〈別表略〉

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